めげさんの創作メモ

2005-06-10

[][]メダハンよりワンシーン。ラディの苦悩。

 苛立つくらいに明るい月光が、升目を描く窓枠の影を床に落としこんでいる。何かを凝視していないと気持ちが落ち着かなくて、私の視線は室内を彷徨い、そういった些細なものを見つけては、いちいち目を留めてばかりいた。真夜中の静寂の中、じんじんと響く耳鳴りや膝の上で組んだ両の指の感覚が、意識の大部分を占領する。五感を研ぎ澄ますことで何も考えずに居られる気がして、無意味な集中を繰り返した。時間だけが、ただただ過ぎて行く。

 どうせ何もしないなら、眠ってしまえれば良いのに。いま腰を落としている寝台、これに四肢を投げ出して、秒を数える間もなく意識が消えてくれたなら、私は今の憔悴から解放されるのだ。だが同時に私は、眠ってしまう事を酷く恐れていた。時間が過ぎてしまうのが怖かった。夜明けなど来なければ良い。一分でも、一秒でも、こうして悩んでいる事で結果を先延ばしに出来るのなら、一生安心なんて手に入らなくてもいい。だから──神よ、どうか、私に不幸を知らせてくれるな。

 ──己の行動が齎す結果であるというのに、必死に祈る自分が惨めだった。間もなく、私は報いを受けるだろう。なりふり構わずにいられなかった愚かさを、それを顧みずに、今でさえ自分の平安を願う愚かさを、私は裁かれるのだ。


 あの男達に言われた何一つも、私は達成出来ないでいた。友をこの手にかけなければ、彼女が代わりに命を落とす。それを知らされてから、どれだけ悩むだけの夜を繰り返した。何故決断することが出来なかった。

 ──いや、それすらも私には想像のついたことだ。二人の命を天秤にかけられるわけもないと。私はあいつに手を出すことが出来ない。恐らくこれは、彼女をかどわかした連中も分かっている筈だ。身近な私に不審を抱かせる事であいつの注意を削ぎ、その間に別の狙いを果たすのが奴等の目的だろう。ならば、取る手段はあった。最初に考えたように、本気であいつを襲い、返り討ちに遭えば──あいつに後顧の憂いは無くなり、彼女の事を救うべく動いてくれた筈だ。だから、最初の襲撃で私を見逃した友の情けにすがるべきではなかった。

 いま自分が死んで、彼女が無事に帰ってくるという保証はない……私はそんな言い訳を作って、自分が被害者になったつもりで、ただ日々を重ねるという愚行を犯したのだ。いくらも殺意有るポーズを作らなければ、彼女の身柄がそれだけ危うくなるというのを知っていたのに。


 ぱたり。液体の滴る音。

 組んだままですっかり痺れていた両の手に、痛みが有る事に気づいた。力を篭めすぎた爪が、皮膚を傷つけたらしい。視線を落とすと、手の甲に数箇所三日月型の傷が入り、そこから赤い筋が指先へと伝っていた。先端で赤い玉状になったそれが指を離れ、ぽたりと音を立てる。追いかけるように床を見下ろして、私の息は止まった。


 点々と模様を描く血のあと。

 ──そして影。

 先程まで存在しなかった影が、私の足元まで伸びている。

 床に映し出された月影の窓が、吹き込む微風にキィキィと揺れていた。


 呼吸は止まっているのに、早鐘の様に心臓が脈打つ。凍り付いた時間と身体。目だけを動かして、影の表面をなぞる。予想がついていても、認めたくは無かった。じりじりと影をたどっていくと、やがて根元に辿り着く。そこから生えるのは、人間の二本の足──

 音も無く、その男は私の部屋に佇んでいた。肩に大きな麻袋を担いで。